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平成18年度 事業報告
第61回東海法人会連合会大会
(岐阜県連担当)
開催日:平成19年3月2日(金)
会 場:岐阜グランドホテル
今年度の東海法人会連合会の大会が岐阜県連担当により平成19 年3 月2 日(金)に岐阜グランドホテルで開催されました。
多数のご来賓をはじめ東海4県下の会員等400 名を超える人が参加され開会されました。中川法人会からは6 名が参加いたしました。
大会次第に従い、まず東海法連会長のあいさつに始まり、大会宣言のあと、名古屋国税局長、岐阜県副知事及び岐阜市長3 名による来賓あいさつがあり、研究発表に移りました。 最初に名古屋中村法人会が「広報」?新しい時代の法人会を創造する担い手として?というテーマで発表、続いて一宮法人会が「広報の充実」、西尾法人会が「支部活動の活性化について?地域に広がる法人会〜」、最後に桑名法人会が「社会貢献活動と「e-Tax」推進について」を発表し、国税当局の講評を頂きました。
そして次期開催県であります愛知県連の木村会長があいさつをされ、閉会となりました。印象的だったのは桑名法人会のe-Tax への取組みでした。積極的な対応に感心いたしました。
次回の大会は平成20年3月5日(水)に愛知県で開催される予定です。
新春講演会
星 浩 氏
安倍政権の政策と行方
講 師/
星 浩
氏 朝日新聞編集委員(政治担当)
開催日/平成19年1月24日(水)
会 場/名古屋国際ホテル
略歴
1955年生まれ 東京大学教養学科卒
1979年 朝日新聞社入社
政治部員、ワシントン特派員、政治部デスクを経て現職。
東京大学大学院特任教授も務めた。
著書に『自民党と戦後一政権党の50年』、共著に『テレビ政治一国会報道からTVタックルまで』(朝日選書)などがある。
サンデープロジェクト(テレビ朝日)などの政治コメンテーターとしても活躍中で、有料報道チャンネル「朝日ニュースター」の『星浩の2R』は、与野党議員と一対一の、グラスを傾けての本音対談で人気がある。
安倍政権のスタート
安倍政権がスタートしたのが昨年
の9月26日。 52歳で総理大臣就任というのは戦後では最も若い。ちなみにそれまでは田中角栄さんの54歳でした。
安倍さんは就任してすぐに中国・韓国を訪問して関係の改善に努めました。靖国神社への参拝はしばらく見合わせる。事実上の棚上げということで、関係改善は急速に進みました。近隣の国々と仲良くしていくというのは外交の基本中の基本です。支持率も6割から7割ととても順調なスタートを切ることができました。しかしそれから2ヶ月、3ヶ月、4ヶ月と経つにつれ徐々に調子が悪くなってきた。最近では支持率も4割を切るようになった。不祥事がいくつか続いたことも原因のひとつでしょう。他にはどんな原因があるのでしょうか?
ここ10〜20年というのはあらゆる面で大きな変化が起こってきています。そして日本はまだまだ変わろうとしています。
今年は選挙の年です。4月には統一地方選挙があり、7月には参議院議員選挙がある。こういった状況に安倍政権はどのように立ち向かっていくのでしょうか。
スリリングな選挙戦
私が政治の取材をするようになって20数年になりますが、今度の参議院議員選挙というのはとても興昧深いものになると思っています。
なぜかと申しますと、ます与野党勢力が非常に桔抗している。そして、選挙が終わった時に、現在の自民党の安倍総裁、民主党の小沢一郎代表が2人とも代表の座に就いているということはないということ。つまり負けた方がトップの座をおりるという選挙なのです。非常にスリリングです。
そしてこの選挙が自民党にとっては苦しい戦いになる要素が4つほどある、と私は見ています。
ます1点目。参議院議員の任期は6年です。そして3年ごとに半数が改選されます。今回改選される議員が当選した選挙というのは2001年7月の参議院議員選挙でした。当時を思い出していただきたいのですが、その時期は小泉政権誕生(4月)の直後でした。田中眞紀子さんが外務大臣で、小泉・田中ブームのまっただ中です。私も演説の取材であちこちに行ったのですが、全国どこへ行っても大変な人気でした。支持率も80%。当然選挙は圧勝でした。今回改選されるのは、その時当選した人たちです。6年前の小泉人気はあまりにも高すぎた。今の安倍さんにそこまでの人気はありません。前回当選した人たちが全員再び当選するというのはます考えられない。これがます一つ。
2点目は、4月の統一地方選挙が絡んできます。統一地方選というのは4年に一度行われます。参院選が3年に一度ですから、二つが同時に行われるのは12年に一度、それがちょうど今年です。地方議員たちは春の統一地方選挙に向けて活動をするため、夏の参院選では応援に注げる力が減ってしまう。地方有力者の応援運動の影響を受けやすいとされる自民党が参院選で苦戦を強いられるとされるジンクスです。亥年にあたることからこのことを「亥年現象」といいます。
3点目は、ここ数年すすんでいる市町村の合併です。全国で見ますと、3,000くらいあった市町村が合併の影響で1,800くらいになった。それ自体は行政改革として悪いことではないのですが、しかし、それに伴って地方議員の数が急速に減りました。56、000人から39、000人になった。17、000人も減った
のです。もちろんそれまでが多すぎたという面もあるので、それはそれでかまわないのですが、減った分のおそらく7割が自民党系の地方議員です。自分の手足となって動いてくれた地方議員がいなくなったというのはどちらかというと逆風になるでしょうね。
4点目は現在の格差問題です。参院選の選挙区は47、それぞれの都道府県で争うのですが、そのうちーつの議席を争う一人区は29あります。いわゆる「地方」になるのですが、そこが自民党と民主党の天王山となるのです。
地方というのは小泉改革、そしてそれに連なる安倍改革には批判的です。補助金の削減、公共事業の削減…地方にとって改革は、どれも非常に苦しいことです。改革反対派が多くなると予想される一人区での戦いは決して楽ではありません。
6年前の小泉圧勝の余波、亥年現象、地方議員の減少、一人区、などを考えると7月の参院選では自民党と民主党どちらが勝つのか、非常に興味深いですね。自民党が惨敗して過半数割れ、という事態になれば安倍さんは退陣。自民党の総裁選が行われます。麻生太郎さん、谷垣禎−さん、加藤紘一さんなどが虎視眈々と後を狙っています。
一方小沢さんが自民・公明を過半数割れに追い込めなければ退陣して後継者選びということになります。菅直人さん、岡田克也さん。こちらも候補がいます。今年の夏は政治が大きく動きますよ。
日本はどう変わるのか
日本はこの半世紀の問、ほとんどが自民党の時代でした。先進国の中で、これほど長い期間一つの政党が政権を担当している例はありません。何らかの形で政権交代が行われています。
例えばアメリカ。来年が大統領選挙ですが、この20年を見ますと、現在のブッシュ大統領のお父さんが4年。これは共和党です。その後民主党のクリントンが8年。そして現在は共和党のブッシュの息子がこのまま順調にいけば8年。共和党が12年、民主党が8年とますますバランスのとれた政権交代が行われいています。
来年、再来年とはいかないでしょうが、日本もいずれはそういった形での政権交代がおこなわれていくようになると良いと思います。そうやって世の中を変化させていく。流動化させていく。そういうことがないと、日本全体が硬直化していく。これでは日本全体のエネルギーが出てこないと私は考えています。
戦後60年が過ぎ、さまざまな変化がありました。昨年からは人□も減り始めています。あと50年、我々の子供の世代が老人になる頃には人□が9,000万人になるという試算もあります。高齢化が急速に進む。50年先ですから、それほど遠い未来でもない。では、その中で日本はどのような国を目指すのか?
例えば「格差があってもいい、自由であることが大切だ」という観点から規制緩和だ、自由市場だ、成長していくんだという社会を目指すのか。それとも「そんなアメリ力的弱肉強食社会では日本はもたない」という観点から、ヨーロッパ的な福祉の国作りを目指すのか?そういうことを考えないといけない時期にさしかかっているのではないかと私は思います。
※この記事は平成19年1月24日の講演を要約したものです。
文責(社)中川法入会
渡邉事業委員長
社会貢献事業
第13回小学生サッカー大会 あおなみカップ2006
優 勝 荒子小学校Aチーム
準優勝 稲永小学校Aチーム
大会名称:(社)中川法人会主催
小学生サッカー大会 あおなみカップ2006
開催場所:名古屋市港サッカー場 稲永公園球技場
開 催 日:平成18年12月2日(土) 3日(日)
後 援:名古屋市教育委員会 愛知県教育委員会
あおなみ線 中日新聞社
参加人数:参加小学校
39校(中川区20校/25校?港区19校/20校)
・参加チーム数:66チーム
・出場選手数:824名
・観客数:1267名 (2日 805名・3日462 名)
・運営人数:1日(準備) 21名
2日 92名
本会役員5名、女性部会5名
篠原・大手支部6名、青年部30名、
ボランティアスタッフ46名(内中学生37名)
3日 94名
本会役員8名、女性部会5名、
篠原・大手支部6名、青年部36名、
ボランティアスタッフ39名(内中学生27名)
初 日 予選リーグ66試合
2日目 決勝トーナメント23試合
『小学生税金ウルトラクイズ』(クイズ参加者約250名)
大会結果
優 勝 荒子小Aチーム
準優勝 稲永小Aチーム
3 位 豊治小Aチーム
4 位 当知小Aチーム
5 位 万場小Aチーム 西中島小Aチーム
敢闘賞 赤星小チーム 春田小Aチーム
恒例となりました「小学生サッカー大会」も本年度で13回を数えることとなりました。昨年大きくリニューアルされた事により、本年度はさらに出場チームが増え、従来の港サッカー場に加え初日予選リーグは隣接の稲永公園球技場も新たに使用し、2日間で計89試合を消化致しました。また、今年は新たな試みとして、サッカー少年以外のより多くの小学生の皆さんにも大会に参加をして頂くため、大会ポスターの募集コンクールに始まり、大会2日目には『小学生税金ウルトラクイズ』のイベントを開催いたしました。さらには、大会やイベント告知の為の中日新聞への広告掲載(2回)を行いました。 大会2日間は天候にも恵まれ、特に初日はこの時期にしては暖かい日差しの中、大勢の観覧者にご来場頂き、熱い声援がピッチへ届いていました。昨年から始めた温かい豚汁サービスも、ご父兄には1杯100円のご協力をお願いしましたが、ご理解頂き好評の内に完食出来る事となりました。また、大会運営に当たりましては、従来からの青年部会スタッフに加え、本会篠原支部の皆さんに豚汁コーナーの担当をして頂き、女性部会の皆さんにもスタッフの昼食のお世話を担当して頂き、更に、今年は地域内の中学校のサッカー指導者の皆様のご協力の下、大勢の中学生にもボランティアスタッフとしてお手伝い頂く事ができました。 試合結果により涙する選手、怪我をしながらも試合出場を訴える選手、選手以上に熱くなる監督やご父兄の姿、最後に来年のリベンジを誓って帰路に着くチーム等、様々な感動的な光景が見受けられる大会でした。今年ご来場頂けなかった会員の皆様、来年は是非一度、会場へ足をお運び下さい。まさに地域に根付いた、地域から愛される大会ですので、次年度以降も法人会全体として、地域貢献事業へのご理解とご協力をお願い致します。
稲永公園球技場
大会ポスター
表彰式
3 位 豊治小Aチーム
4 位 当知小Aチーム
渡邊事業委員長
名古屋市教育委員会 岡田教育長
『小学生税金ウルトラクイズ』表彰式
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新会社法研修会
開催日:平成18年11月21日(火)
会 場:名古屋港湾会館
参加者:44名
講 師:株式会社アタックス
執行役員主席コンサルタント 公認会計士 高山 啓 氏
当法人会では、平成18年5月より施行されました新会社法の研修会を開催いたしました。始めに渡辺事業委員長より日頃の法人会活動への理解と協力に対するお礼と、景気の動向等を含めたあいさつがあり、研修会が開始されました。 高山講師は、会社法の改正趣旨と概要、会社法の用語の定義と意味合い及び中小企業における機関設計の考え方等について、資料をもとに説明されました。まだ細部の取扱いが決まっていない部分もあるとのことでしたが、受講者は熱心に聞き入っておられ、今後の会社の対応の仕方について参考になったものと思います。高山講師様ありがとうございました。
平成18年度
港区区民まつり
開催日:平成18年11月3日(金)
会 場:名古屋港ガーデン埠頭
11月3日文化の日に港区区民まつりが名古屋ガーデン埠頭において開催されました。好天に恵まれ、大勢のご家族の皆様がいろいろな催しに参加したり園児や学生の演技演奏を楽しんでおられました。中川法人会では中川税務連絡協議会の一員として参加し、税務相談会への案内、各種税のパンフレット等の配布及び法人会のPRに努めました。中川税務署、遠藤署長様も自ら参加者に風船を配る等税の啓蒙に努めてみえました。来年は名古屋港開港100周年にちなみ記念事業マスコットキャラクター『ポータン』も、名古屋港開港100周年のPRに愛嬌を振りまいておりました。
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平成18年度
中川区区民まつり
開催日:平成18年10月22日(日)
会 場:荒子公園
平成18年度中川区区民まつりが晴天に恵まれ約38000人が訪れた荒子公園にておこなわれました。オープニングには尾張新次郎太鼓の勇壮な演奏に始まり、今年は3年ぶりに復活した前田利家が荒子村に残した豪華馬道具(名古屋市指定文化財)が、木曽馬に飾られ、公園内外を大行列しました。中川税務署からも遠藤骼O署長など関係者が参加されました。中川法人会では中川税務連絡協議会の一員として参加し、各種税のパンフレット等を配布するとともに、中川法人会のPRにも努め、有意義な一日となりました。
新入社員マナー研修会
開催日:平成18年10月12日(木)
会 場:名古屋港湾会館
参加者:38名
講 師:元ANA客室乗務員 榊原 陽子 氏
はじめに中川法人会榊原専務より挨拶があり、本日参加の方々に参加のお礼をされ、本日学ばれたことをぜひとも会社に役立てていただきますようお話されました。今回はいつもの講師榊原様と坪井ゆみ様お二人の元ANA客室乗務員の経験をもとに、
@第一印象の大切さ
A第一印象を決定する要素
B身だしなみを整えましょう
C接客の基本は「N・H・K」
D魅力的な表情とは?
Eふさわしいことばづかい
F美しい立ち居振る舞い等
それぞれ例をあげながら話されました。日頃は先輩など上司の方から指導はされていても、このような機会に恵まれて基本を学ぶことは経験の差はあるにしろ、マナーの大切さを学ばれたのではと思います。榊原講師様ありがとうございました。
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にっぽんど真ん中祭り
中川区荒子公園会場
第8回 にっぽんど真ん中祭り
中川区荒子公園会場
開催日:平成18年8月27日(日)
会 場:中川・荒子公園
にっぽんど真ん中祭りは今回で8回を重ね、平成18年8月25,26,27日の3日間実施されました。名古屋市では最高気温が連日30度を越える猛暑となり、27日のフィナーレを迎えました。踊りのスタイル、衣装にと、それぞれ個性を競う過去最多のチームが競演しました。暑さを吹き飛ばすエネルギーに満ち溢れた演舞が、見物に訪れた多くの区民の心を捉えていました。今回は福引抽選会のお手伝いを青年部女性部本会役員の皆さんに協力していただきました。地元の方々や他団体の交流で新たな出会いがあり、『中川法人会』を皆々様に知っていただく事が出来、大変有意義な一日でありました。ご協力戴きました皆様本当にありがとうございました。
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初級簿記講習会
開催日 平成18年9月6日(水)〜9月28日(木)
会 場 名古屋港湾会館
参加者 34名
講 師 森田 加代子 先生
事業委員会
はじめに事業委員会の渡邊委員長より、本日から8回開催される中川法人会主催、簿記講習会の参加者に対し励ましの挨拶があり、その中で簿記という研修が企業経営に如何に大切であるかを説明されました。 愛知は他県よりも元気な地域との評価をいただいております。また中川区・港区は世界への物流基地として発展しており、自動車部品・精密部品・素材製品の輸出入の拠点となっております。当然為替等刻々と変動する世界の経済動向とリンクしており、それに関わる各企業は世界の動向と密接な関係になっております。時は金のごとく経営と経理は密接な関係にあり、企業経営の根幹であります。簿記の講習はきっと皆様の会社のお役に立つことと確信いたします。また、どんなに忙しくても学ぶことの大切さを忘れないで欲しいと思います。今回、森田先生には、企業経営において利益につながる簿記講習をこれから始める方にわかりやすく指導していただきますが、参加された方々は会社に帰ってすぐに役立つよう勉強していただきたい。と話されました。講習は9月6日から9月28日まで8回にわたって開催され29名の方が修了証をいただきました。今後も年に1回の簿記講習を開催する予定ですが、新人の研修に、現在経理にたずさわっておられる方の再教育にお役立てください。
森田加代子先生
渡辺事業委員長
柘事業副委員長による修了証授与
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第25回通常総会
日 時/平成18年5月15日(月) 午後3時30分〜
会 場/ホテルグランコート名古屋
橋会長
表彰状等受賞者名簿
会員加入勧奨表彰状カ
愛知支部 篠原支部
明徳支部 常磐支部
野田支部 南陽支部
最高ブロック賞
Cブロック 広見支部
役員表彰状
株式会社笹木電気土木(荒子)
合資会社大黒屋呉服店(正色)
朝日運輸株式会社(明徳)
伊勢湾海運株式会社(西築地港楽)
株式会社田口設備(荒子)
糸九株式会社(富田)
三恭金属株式会社(明徳)
感謝状
理 事 住田吉隆 (前青年部会部会長)
(社)中川法人会会長 感謝状
(大同生命保険株式会社)
大日方美奈 川村郁子
植田るり子 村上松美
(アメリカンファミリー生命保険会社)
平野惠正
懇談会の様子
渡部中川税務署長
会場の様子
会場の様子
轄木電気土木 笹木茂夫様(荒子)
Cブロック 広見支部 加藤愛一郎 様
愛知支部 佐藤健二 様
青年部会 住田吉隆 様
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第25回通常総会 講演会
演 題 / 新体操と私
講 師 / 秋山 エリカ 氏
(東京女子体育大学助教授)
秋山 エリカ 氏
プロフィール
略 歴
1964年生まれ
福岡県出身
血液型A型
幼少の頃からバレエに親しみ、中村学園高校時代に新体操に転向。
東京女子体育大学に進学し、頭角を現す。
ロサンゼルス・ソウル両オリンピックに出場し、'89年には全日本選手権で6連覇を達成。
'90年に現役引退。現在は東京女子体育大学助教授。
TV放送の解説者や講演会の講師としても活躍中。
1982年 全国高校総体 8位
1983年 全日本インカレ 優勝
1984年 ロサンゼルス五輪日本代表・全日本選手権 初優勝(〜'89まで6連覇)
1986年 世界選手権 個人総合8位
1988年 ソウル五輪日本代表
1990年 引退
新体操との出会い
私が生まれたのは福岡県の博多です。家は美容院で、母が経営していました。1階がお店で2階が住居というような所で育ちました。
小さい頃は体が弱くて、ほとんど幼稚園にも行かず、布団の中で寝ていることが多かったんです。行動が鈍くて、朝起きてから服を着替えるまでに30分以上かかるような子どもでした。
小学校に入る直前のことです。自転車の後ろに乗せられている時、脚がタイヤに挟まってしまい、転んで骨折しました。3ヶ月ほどキブスを着けた生活だったんですが、そのせいか歩き方がちょっとおかしな状態になってしまいました。それでリハビリのために母がクラシックバレエを習わせてくれたんです。それが私が『体を動かす』ということに出会ったきっかけになりました。運動は苦手だったんですけれど、クラシックバレエは大好きでした。もちろんプリマになんかなれませんでしたけれど、小学校・中学校と習い続けました。
高校に入る時のことでした。「バレエを長くやっているのだったら新体操をやってみないか」と新体操部の顧問の先生が声をかけて下さったんです。先生のその言葉に興味を覚えて早速練習を見に行くと、先輩たちがリボンやボールを持って踊っていました。「変なの」これが新体操に対する私の第一印象でした。でもせっかく誘ってくださるのだから高校3年間クラブ活動を経験するのもいいかなーと思い、安易な気持ちで入部を決意しました。
ミス秋山
新体操部に入ってすぐに「失敗した!」と思いました。下手だったんです。何をやってもダメで、1ヶ月で「やめたい」と思いました。たった1ヶ月です。体力も根性もありませんでした。でもなぜ続けたかというと…小心者だったからなんです。部活動の先輩が怖い、顧問の先生が怖い。「やめたい」の一言が言い出せなかった。そのために3年間続けたんです。
そうはいっても1年・2年と続けていると試合にも出してもらえるようになりました。でも出る試合出る試合ミスばかりして、ついたあだ名が「ミス秋山」でした。私には才能がないんだ、と思って高校3年でやめるつもりでした。それでも引退試合くらいは失敗せずに演技をしたくて、一所懸命練習しました。
私が引退を決めていた試合の最後の演技はフープでした。その中の「フープを投げて、1回転してからキャッチ」というところで、私の投げたフープは二度と私の所には戻ってきませんでした。力いっぱい投げたフープは観客席まで飛んでいってしまったのです。その試合が終わった瞬間に「ああ、やっとこの大嫌いな新体操から開放される」という思いと「やっぱりミス秋山だったんだ」という悔しい思いが複雑に絡み合っていました。
それでも時間が経つにつれ、一度でいいからノーミスで演技をしたいという思いが強くなりました。何を思ったか私は東京女子体育大学―――日本で一番新体操の強い大学―――に進学することを決心したんです。
基本からの練習
東京女子体育大学の新体操部に入って、いきなりその日に「失敗した」と思いました。部員が130人もいたんです。130人の中で選手になれるのはたったの数人です。まわりを見回すと国体○位、インターハイ○位、オリンピック強化選手なんていうのがゴロゴロしていました。とんでもないところに来てしまった…そんな心境でした。
しばらくたって選手選考会がありました。130人の中から選手を選ぶのです。当然選ばれるわけはないと思っていたんですけれど、たまたまその年にルール改正がありまして―――私は本当にそういう幸運に助けられているなあと思うんですが―――クラシックバレエの要素がとっても重要になったんです。たまたまクラシックバレエを習っていた私は、最後の選手として選ばれてしまったんです。
その日からマンツーマンの特訓が始まりました。最初に何を教わったか…『基本』です。
ボールの持ち方、リボンのまわし方。小学校1年生レベルのことです。高校3年間もやっていて、なぜ基本も知らないの?と思う方もいらっしゃるかもしれません。実は高校では初心者は私一人だったんです。だから基本も教えてもらえないままに難しいことを練習していたんです。大学に入って初めて基本を教わりました。「なるほど、こうやったらできるんだ。面白いな」。その時初めて新体操を面白いと思えるようになったんです。
初優勝!
練習を続けて数ヶ月。私にとって大学生で初めての大会が来ました。試合前に一番偉い先生が「ウチは日本一の大学なんだから、必ずこの中から優勝者を出さなくてはいけない」と熱弁をふるっていました。但し視線は私を外れています。私は「先輩は大変だなー」なんて思いながら、とにかく一度でいいからノーミスの演技をしたいと思っていました。
自分の名前を呼ばれ、フロアに立つと緊張で手足が震えてきます。でも音楽が始まった瞬間、不思議なことにプレッシャーよりも、毎日の練習で「新体操って楽しいな」と思いながらやってきた感覚が思い出されたのです。そして生まれて初めてノーミスで演技ができたのです。
私はオリンピックにも出たし、世界選手権にも出たし、10点満点も取ったことがあるし、日本一にも何度もなりましたけれど、初めてノーミスで出来た喜びに勝るものはありませんでした。多分一生忘れないでしょう。とてもうれしかったんです。終わった瞬間にスキップして走り出したいくらいの喜びでした。
それから数時間後、びっくりすることが起きました。なんと、私がその大会で優勝していたんです。オリンピック候補生や、去年のチャンピオンを差し置いて。きっとみんなプレッシャーでミスが多かったんですね。たまたま私がノーミスで演技をして、いきなり優勝してしまったのです。まわりもびっくりしましたが、一番びっくりしたのはもちろん私でした。
あのミスのおかげで
その時思ったのが「高校3年の最後の大会で失敗して良かった」ということです。あの時もしうまくいっていたら、新体操は恐らく続けていません。東京女子体育大学には進学しなかったし、優勝することもなかった。オリンピックに行くこともなかったし、ここでこうしてお話することもなかった。運命が大きく変わったのは全てあのミスのおかげだったのです。そしてもっと考えると、バレエが私を助けてくれた。そのバレエを始めたきっかけは自転車の事故だったのです。怪我に感謝している自分がそこにいました。
今でも何かアクシデントがあった時には「今私は試されている」そういうふうに思うようにしています。
※この記事は平成18年5月15日の講演を要約したものです。
文責 (社)中川法人会
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